【高崎「絶メシ」餃子の旅】 の検索結果:
メリークリスマス!東京餃子通信編集長の塚田です。 今年も残すところ後わずか。 記念すべき令和元年、皆様は充実した餃活が行えたでしょうか? 私も恒例の餃子 Adbent Calendar 2019に参加をして、今年の餃活を振り返りたいと思います。 adventar.org 今年は「東京餃子通信5大ニュース」ということで、令和元年(平成31年)に個人的に印象に残った出来事をご紹介します。 編集長が初の海外メディアに出演し「餃子は日本の料理」と主張 「町中華で飲ろうぜ」放送開始に影…
東京餃子通信編集長の塚田です。 ここ最近連日レポートを公開してましたが、高崎「絶メシ」餃子の旅ということで、高崎で地元で長年愛される食堂や町中華の餃子の食べ比べをしてきました。 www.tokyogyoza.net その影響もあって「地元横浜にも絶メシ店があるはずだ!」と思い探してみたら、結構ご近所でいい感じのお店を見つけてしまいました。 東横線・JR横浜線の乗換駅である菊名駅の改札を出て自転車置き場の脇を抜けたところにある中華料理店「明華」は、なんと創業1965年。 店の前…
東京餃子通信編集長の塚田です。 高崎「絶メシ」餃子の旅もいよいよ最終回。 最後の7軒目は高崎の繁華街柳川町にある台湾料理店「來來」です。 高崎電器館の目の前の路地を入ったところにお店はあります。
東京餃子通信編集長の塚田です。 まだまだ続く高崎「絶メシ」餃子の旅。 前回の「陽気軒」でジャンボギョーザを食べたのが15時過ぎ。 次の店は休憩時間に入っているそうで、こちらも1時間ほど休憩をとることができました。 www.tokyogyoza.ne 17時過ぎに餃子の旅は再開。 今度は高崎市街地から東へ20分ぐらい進んだところ。 甲子園常連校の健大高崎高の近くにある「香珍」です。 絶メシリストによるとこちらは高崎きっての麺打ち達人のお店なのだとか。
東京餃子通信編集長の塚田です。 高崎「絶メシ」餃子の旅はまだまだ続きます。 ここまで、11時から開始をして 大衆食堂「大将」のニンニクがっつり餃子 レモン汁で食べる「南南」のモチモチぷっくり焼き餃子 唯一無二!手の甲で包む「太洋軒」の焼き餃子 大衆食堂「冨士久食堂」の自家製皮の焼き餃子 と4軒の「絶メシ」餃子を食べ比べしてきました。 14時を回って一旦お店も休憩に入る時間なので、こちらもお腹を少し休ませようと思ったところ、案内役のかたから「通しで営業している店があるのでそこに…
東京餃子通信編集長の塚田です。 高崎「絶メシ」餃子の旅もようやく折り返し地点までやってきました。 4軒目は国道406号線沿いにある大衆食堂「冨士久食堂」。 元々高崎の飲み屋街である柳川町にあった「冨士久食堂」から暖簾分けの形で独立したのが始まり。 当初はもう少し高崎寄りの高崎八幡で開店し、30年ほど前にこの地に移転をしてきまいた。 柳川町の本店は閉店し、その当時の味を懐かしんで高崎からわざわざ来る「冨士久食堂」ファンの方もいるそうです。
東京餃子通信の塚田です。 今回も高崎から「絶メシ」餃子のレポートです。 町中華店は通し営業を行っているところは少ないため、前半戦にいかに多く回れるかが食べ歩きの勝負の決め手です。 12時をちょっと過ぎた時点で3軒目に突入。 3軒目に選んだ「太洋軒」は高崎市の中心部から西にかなり進んだところにあります。 この辺りはもともと榛名町だったのですが2006年の市町村合併で現在は高崎市になっています。 創業から50年超この地で営業を続ける「太洋軒」。 ご主人が25歳の時に創業されたそう…
東京餃子通信編集長の塚田です。 前回に引き続き高崎から「絶メシ」餃子のレポートです。 www.tokyogyoza.net 2軒目に訪問するのは町中華の「南南」。 事前の絶メシリストでの予習によると、町中華最高峰の味で、眼鏡チェーン店のJINSの創業者の田中さんも学生時代からの常連なんだとか。 zetsumeshi-takasaki.jp 関越自動車の高崎インターの近く。 ちょっと電車で来るのは厳しい場所ですね。 黄色い壁が印象的な店構えです。
東京餃子通信編集長の塚田です。 高崎のローカルグルメサイト「絶メシリスト」をご存知でしょうか? 店主の高年齢化や後継ぎ問題などで、時代とともになくなりつつある地元に愛される名店たちを、「失うには惜しく、絶やしてはならない絶品グルメ」=「絶メシ」として紹介するグルメサイトです。 実はこのサイト高崎市が運営しています。 zetsumeshi-takasaki.jp 自治体のシティプロモーションとして大成功を収めていて、テレビ番組になったり、書籍が販売されたりなどもしています。 絶…